うらら誕2017
Happy birthday!
――打ち合わせぇ?終わった終わった。ねー、アンタ今どこ?青葉通り通るなら拾ってってよぅ。
電話越しの甘えた声が明らかに酔いを含んでいたので、パオフゥは渋々ハンドルを切った。
コンビニエンスストアの前に横付けすると、赤い顔のうららが笑いながら助手席に乗り込んできた。
「サンキュー、パオ。すっごい早かったじゃん。私のために大急ぎで駆けつけてくれたってか~?いやぁ全く、我ながら罪作りな女よねぇ」
「阿呆抜かすんじゃねぇ。たまたま近かっただけだ」
「へぇ、こんな時間にたまたまそんな近くを通りかかったっての?じゃあ、こりゃもうアレだわ。磁石みたいに引かれ合ってるとしか思えないわ」
座席に深く身を預け、コートのフードに顔を半分埋もれさせながら、ケタケタと笑っている。
ガキかよ、お前は。呆れた顔を見せてから、パオフゥは煙草に火をつけた。
カーラジオから流れる天気予報が、夜半過ぎの初雪到来を示唆している。今夜は冷え込みそうだ。
「......今日、飲みあるなんて言ってなかったじゃねぇか」
「あーだいじょぶ。今日はね、クライアントのオゴリだから。接待交際費0円、つまりタダよ!ロハなのよぅ」
この上なく嬉しそうなピースサインを披露するうらら。
「馬っ鹿野郎」パオフゥの眉が釣り上がる。「客に奢らせる奴があるかよ」
「私がねだったわけじゃないわよぅ。話の流れでさー。実は今日誕生日なんだー、って言ったら『じゃあ奢るから飲みましょ』ってなったんだもん」
パオフゥは思わず横目でうららを見た。
「......」
「なによぅ。アンタ覚えてなかったの?私の誕生日」大げさにため息をついて、やれやれ、といった顔をしている。「薄情なやっちゃ」
「覚えてたも何も、そもそも知らねえよ。お前さんが履歴書でも提出してりゃ別だがな」
「ちぇっ、コネ採用にもデメリットってあんのね」
冗談を飛ばし合っていると赤信号で車が止まった。ここぞとばかりに、うららはニヤリと笑って、両の掌を揃えて差し出す。
「ねーねー。なんかちょーだいよ。私の誕生日はまだもうちょいあるわよぅ」
「あん?今やれるモンは何もねえぞ。見りゃわかるだろ」にべもなく、煙と共に吐き捨てる。
「物じゃなくてもいいよ。例えば"後日なんでもひとつ頼みを聞いてくれる権"とかさぁ」
代替案にしては、あまりにふてぶてしい要求だ。パオフゥは笑った。
「さらっと無茶苦茶言ってんじゃねぇよ」
「えー?やっぱ無理かぁ。しゃーないな。じゃあさ、お祝いのチューでもいいよ」
胸の前で指を組んで目を閉じ、ん、と唇を突き出すうらら。
あまりにも自然な流れで言うものだから、まあ、それぐらいならいいか
......とは、流石にならない。
「寝言は寝て言えよ」
パオフゥは指に挟んでいた吸いさしの煙草を、うららの尖らせた唇にねじ込んだ。
「んっ!?」予想していなかった反撃に、うららは寄り目で煙草を見ながら、泡を食った。
「それでも吸ってろ。だいたい、なんで俺がプレゼントをやる前提で話してんだよ?誕生日だと知ったらプレゼントをやらなきゃいけない、なんて決まりはねぇだろうが」
「......まあね」
タバコを咥えたまま、そう呟いたきり、うららは黙り込んでしまった。
それ以上特に言うこともないので、パオフゥも黙った。
交差点をいくつか通り過ぎた時、パオフゥは再び横目でうららを見た。
後方に流れていく窓の外の明かりが、彼女の妙にもの柔らかな表情を断続的に映し出している。
大切そうに両手の指で煙草を持って、どこかうっとりした目をして、ゆるゆると、味わうようにふかしている。
パオフゥは柄にもなく戸惑って、思わず視線を前に戻した。
そんな大切そうに。まるで本当に口付けるみたいに......
軽快なジングルに乗せて、ラジオから時報の音が流れてきた。日付が変わったのだ。
「......うん。まあまあ、私にしちゃ上出来な誕生日だったかな」
うららの声は穏やかに笑っていた。
そうかよ、と気のないような返事をしながら、パオフゥは思っていた。
こんなこっ恥ずかしい目に合わされるぐらいなら、来年は何か渡すものを適当に準備しておかなきゃな、と。